『なぜ泉谷しげるさんが常総に?』がんばっぺ常総実行委員会の想いとは。

平成27年9月10日。関東・東北豪雨で鬼怒川が決壊。甚大な被害を受けた常総市。
その1ヶ月後の10月11日。泉谷しげるさんは、さだまさしさんの誘いで避難所のひとつである「あすなろの里」でお見舞いライブを開催しました。小さな手作りのステージでお二人のトークと歌声で久しぶりに笑った方、元気をもらった方は多かったと思います。

その一方で、他の避難所の方や、自宅の片付けでとても会場に足を運べる状態では無かった方々も多かったのが現実。泉谷さんはこの日「また来るぞー!」という言葉を残して帰られました。そして水害から3年目にその約束を果たしに来て下さる事になったのです。

でも、なぜゴールデンウイークなのか?
励ましに行ったはずの避難所でお土産に持たせてくれた大きな野菜やお米。それを食べた泉谷さんはあまりの美味しさに驚き、特にお米好きな泉谷さんは大喜びされたそうです。「常総のお米は日本一だ!」そう思った泉谷さんは、このお米を全国に広めたいと、毎年恒例のアート展を今年は常総市からスタートさせよう。お米をテーマにしたフェスティバルを開催しよう。だったら田植えの時期だ!
これがゴールデンウイークに開催することになった経緯です。

お米がテーマだと言うのに、米農家さんは田植え真っ最中でイベントが楽しめない時期ではありますが、農家さんには美味しいお米を作ってもらい、宣伝はこっちでやるぞ!と泉谷さんは全国から常総市に人を呼ぼうと走り回ってくれています。泉谷さんの熱い想いに共感し感謝した常総市は、早速実行委員会を立ち上げ、短い期間の準備となることを覚悟の上でイベント開催を決意しました。

がんばっぺ常総実行委員会とは、水害の際、水海道小学校の金管バンド(全国的に有名)が2日後に控えていたコンクールへの出場が出来なくなってしまったことを受け、なんとか発表の場を作ってあげたいと、水海道青年会議所のメンバーが水害から2ヶ月後に第1回の「がんばっぺ常総」を開催。大勢のアーティストが駆けつけて下さり、金管バンドはAKB48の皆さんのバックで「会いたかった」を演奏しました。

その翌年には、実行委員メンバーを有志に変更し、水害で2年振りの収穫を迎えたお米を広めようと収穫祭を開催。「福幸米」と名付けられた常総のお米を使った「常総スタっぺ丼」をご当地グルメとして市内飲食店が奮起し、市民に元気を届けました。

そして今年、泉谷しげるさんのご協力を頂き、ゴールデンウイークの9日間連続イベントの開催を決定したのです。実行委員会に与えられた準備期間が短い中、日々悪戦苦闘しております。まわりから見たらもどかしい事だらけでしょう。でも、やるんです。頑張るんです。結果どうあれ実行委員として集まったメンバーと共催のJA常総ひかり、後援の常総市が一体となって、頑張るんです。

いつもクールな常総市民。しかしこのイベントは熱くなって頂きたい。たとえイベントに足を運べなくても、あの泉谷しげるさんが仕掛けてくれたイベントを一緒に盛り上げて頂きたい。

そして市外の皆様。どうかこのイベントを応援して下さい。関心を持って下さい。
ご協力、心からお願いいたします。

がんばっぺ常総実行委員一同

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